団結がんばろう! フリーター全般労組が取り組む労働問題

当該の声:地域物産の販売店アルバイト

もうひとつの(あの)接客は可能か

「Kさん、今の二人組、超イケメンじゃなかったですか? やっぱり東京のオトコってイイのいっぱいいますよね! Kさんはどんなタイプが好きなんですか?」
「………」
「ねぇ、K見て〜 このヴィトンのバック、お給料で買ったんダ☆」
「あー、そうなんですかぁ・・・あのー・・・いやあ、ちなみにですね、現地のヨーロッパからはブランド物ドカドカ買っちゃう日本人ってけっこうバカにされたりしてるっていうか」
「へ?」
「社長、このマツケンサンバのPOPなんですけど・・・ちょっとセンス的にあまりよくないと思うんで、外しちゃっても大丈夫ですかねぇ?」
「いいや、これはこれでいいんだよ。そういう余計なことはしなくていいんだよ。店はできるだけ派手にして、○○の明るい音楽ばっかりかけてれば客は(バカだから?)商品買っていくんだよ!!」
等々。

裂け目やその場の否定を、やわらかに差し出そうとも、切れ目ない一本の強度な糸で弥縫される。あの沼にどっぷりはまり込んでの出来事やらで華やかに装飾される灰色の単調な話しが支配的で、舌は滑らかに軽やかに回転し、ことばはまるで立て板に水の如き様相を呈する。沈黙が鉛のように感じる(D&G)。そしてここは、コンパ会場ではなかった。そう、小泉チルドレンはたしかに勝利している。会話なき会話の連続−ダイブパーティー。

マスな労働現場で、私は上司と同僚に半ばうんざりしていたし、また彼らも私にうんざりしていたと思う。労働一般は苦行なんだとあえて断定すれば、それに人間同士の感情が拍車をかけるというべきか。労働と休日の断絶。もしくは一体化。そうした様の私にとって、レジ金着服容疑をかけられた時、この職場で初めて人から話しかけられた気がした。ある意味で私のどこかが喜んだ。ことの真相にまつわる確認作業が拙くとも、いかに彼らと私双方が嫌悪やときには憎悪を抱き、それがへぼい理由によるものだとしても。私自身己の自意識が活発化され、はじめて対話をした気がした。そしてそういう場所から、ひとつの強度ある敵対や連帯が生まれてくるのだと思う。

以降、私の接客は前にもましてゾンビ化した。私は自営の八百屋でもないし、生産から商品にいたるまでの生産過程を知らないし、アルバイトでもあるし、それでいいと思ったから。

ある日、スーパーで買い物籠を持たなかったところ、手から商品群の炭酸飲料一本がすり抜け、地面に落下した。レジを通過するやいなや、一人の中年の女が片手をポケットに突っ込みながら、「これと代えますか? それ、あけたとき、やばいですよね」、と言った。「いやあ、こっちで大丈夫です、はい」、と私は言った。誰かがハズレくじを引くことになるから。そしてけだるく接客をする彼女のメンタリティは、べつにその場所が日本でなくてもよい。野菜を熱心に見比べする主婦と思われる人やら、横柄な態度の消費者は美しいとは思わない。そんなことを考え、私は自宅でねぎまを食し、ジンジャーエール缶を開けたら、眼鏡に炭酸が飛び散った。

『Fuck'n Merry Christmas 無愛想な態度の接客は顔をしかめるほどイヤですか?』

[2007.12.24]
【T 静香】

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